世界に居ます

コロナ渦の接骨院

メキシコの院はもう1ヶ月近く前から閉めている。
タイの院はスタッフがかなり奮闘しているが国自体の規制がどんどんと強まっているためどうなるか分からない。
3月開院予定だったインドも延期、
5月末予定だったぼくのハンガリー行きももちのろん。

立場上、世界の動向がかなり気になる。

ヨーロッパ等では今アフリカなどの発展途上国に対しての問題解決を重要視している。

自国も苦しい中、他の国に目を向ける理由、向けなければならない理由、それは自国に目を向けるのと同等なことであるから。それは哲学や理想論、倫理というわけではなく、事実そうなのであるという認識を持っている。

つまり、世界のどこかでコロナが蔓延している限り、自国も苦しい状況が続くという認識。

インジャパン。自分がいる院も、先週あたりから患者数が減った。

今日のキャンセルは5件。

滋賀で接骨院を自営でされてる方は完全に赤字だと言っていた。ただ悲観せず、今はコンサルの経験を積んでいると言っていた。

僕らは手当てをする役割がある。
完全に濃厚接触者。1日15人近くの方々に濃厚に接触する。患者さんとの距離は0。

人ごとではないと感じる。

それでも来院される方の頭をはたいて「このバカやろう」とは言わない。一日中家にいて、腰痛が悪化して、痺れが取れず眠れない方もいる。家での運動指導を実際の手を借りて求める方もいる。言わない。そういう方に対して情が湧き言えないんじゃない。言わない。

僕の意志で言わない。

今の院で、ある70代男性の友人ができた。70代だから面白いし、「自分が70代の老人だからこそ面白い」と分かって話をしてくれる。

二人で濃厚接触しながら話す。ストレッチ、マッサージ、トレーニング。憂いたりもする。僕にうつしてはダメだからと雑巾でマスクを自作してくる。だったら来ないでくださいよと笑う。危機感のない空間。けれど彼にとってこの時間は何なのかと考えながら脆弱な筋肉に触れる。

そんな時彼がポツンと「オレは肺が弱いでコロナんなったら死んでまうわ」とうつ伏せで呟く。
腰部をほぐしながら、「いやー、んー、そーなんですかー笑」と言う。
今こうして思い返してみて、その状況を俯瞰してみると、まるで裸電球一つしかない暗がりに感じる。けれど戦争じゃない。

僕は医療従事者ではないが、今なお高齢者と関わっている。

高齢者は本当にバカで、たまに愛おしい。
面白くて、とっても弱い。

そんな方々がステイホームによって足腰が弱り、寝たきりになり、呆けていってしまうのは容易に想像がつく。「わしゃ死ぬで」発言は一人に限った話ではない。僕が爆笑してそのネガティブワードを吹き飛ばすのにも限界がある。
そうなると僕も長いスパンでこの問題と向き合う必要がある。
だから。

この小さな老人物語と、途上国のコロナ問題を解決すること、その2つを世界の一つの出来事として、僕も結びつけて考えることしました。